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Showing posts from November, 2018

Breathe.

息のあるものの人生にはそれなりの重みがあって、息をしていた時のものが残るとそれはまだ息をしているように思える。
物は息をもう一度する機会があればもう一度息をしたいと私に語りかける。

まだ私の記憶の中に生き続ける母の姿は編み物をしている姿。だから絶対しないと決めていたから、みんなに母の編物は貰ってるもらった。
けれど、もらってもらえなかったと言うこともあって、必要以上の編針が私のところにまだある。使わなければ申しわけないかと、編物を始めるとそれハイ時間や2時間で終わるものでなく、次から次へと続けてしまう。しかも、焦って作ってしまおうとするから、目をとばしていたりしていても、やりなおして、結局は予定以上の時間をかけている。

母は編む前にゲージを取って、計算して、絵書いて、一つのものを作り上げていた。
わたしは適当に思い浮かんだことをして、勝手に計算して、だから、スカーフかクッションカバー辺りが限界の作品だろう。

生涯でセーターを編んだのは一回だけ。
好きな彼女に編んでもらった手編みのセーターを着ると言うのは彼の夢だった。だから、私はセーターを編んだ。

例のごとく本で見つけた編物のパターンは使わなかった。
頭の中に描いた図案を母に指導してもらいながら仕上げた。

私の母は洋裁もしたが、ある時点で編物を自分の転職としてしまった。機械網からかぎ針、最終的には棒あみだった。

私は母が使わなくなったミシンを私のものにして縫いものが私の作品ツールのメインとなったが、若いころは筆だった。
筆なら誰に負けないと思った、その筆ももう何年も使っていない。

母は晩年、水墨画に興味を持って練習していた。その筆を持って帰って来たから、次は筆をまた使って見なくてはならない。

ここまでかもしれない。 ここまでかも知れないと繰り返しながら、持って帰ってきてしまったものが、最終の私の持ち物としてここにある。

それらはおそらく私達の想い出の中の千分の1にも満たないものかも知れない。

私達の999にさようなら。
それらはゴミになり、私はそれも2度と見ることがない。